きわ。

書き残したいこと でもすぐに削除はする

「南佳孝 松本隆を歌う」③ ジョンとメリー どこまでも粋

南佳孝アルバム「LAST PICTURE SHOW 」リリースは1987年。実は当時は購入していない。音楽雑誌は読んでいたので、そのアルバムが松本隆が絡んだもの、全て映画のタイトルというコンセプトは知っていた。そっか87年なんだ。松本さんと名画タイトルの融合なんて、めちゃ渋いに決まっているとは想像していた。当時はソニーさんを聴く余裕がなかった。

それから廉価版が出た頃に、一連のソニー南作品をまとめて買ったような記憶だ。のちに吉田保さんのリマスタリングタワレコ限定で発売され喜んで購入をした。

 

そのアルバム「ここを聴け!by わたし」は「ダイナー」と「ミーンストリート」の「間」の絶妙さだ。爽快!ある意味、行間。この音のない拍とそれに続くミーンストリートに痺れまくった。制作側のこだわりか。心がパンと跳ねる。

 

LAST PICTURE SHOWの再現ライブは既にあったのでしょうか。今回ライブで「ジョンとメリー」を聞きながらその名盤アルバムを想った。正直「冒険王」より「ラスピク」の世界が好みなのだ。好みの問題なのだ。映画タイトルだしね。心斎橋のライブでこの歌が始まり、歌詞を噛み締めながら想像の映写機を動かした。「響く雨」うはー。“聞こえる““聞く“ではない「響く」という言葉の選択。はあーん、だから大好き松本作品。響くの響きが好き。響く、ことで奥行きを感じる。どこかに響くのだ。そりゃあ耳石だったり頭蓋骨だろうが、歌の中では曖昧な時間に響いているのだろうか。ここからたまらない。ありがとうございます。

景色としては、ドア、部屋、硝子屋根のペントハウスというワードだけなのに聞くものの網膜には、カーテンの色、大きな瞳、彼女が羽織るシャツの素材、小さなキッチンやコーヒーカップが存在する。ああ、これぞ松本作品。聞いて鮮やか。視覚に刺激。心斎橋も大手町も有楽町にも、このお洒落な屋根裏部屋が存在した(ように思えたのだった)。そして現在ディスクで手元に届き、その分室を分けてもらっている感じ。

 

ピアノの松本圭司さんの演奏は、ピアノが打楽器ということを改めて感じる。「はじく」「打つ」ピアノ。打ったあともきっと「気」でコントロールしているかのようなロマンティックな余韻。キーボードとサクソフォンととても大忙しな住友紀人さんは、歌に色を置く。タッチは様々な色彩。「ジョンとメリー」のサウンド、お二人が奏でるのは紗のような光の重なりに感じる。そして南さんはギターですね。この3名だけの音とは思えない。聞いていて心地よくてたまらない。

 

「独り暮らし」「「淋しさ」「孤独」というワードがあってもなぜか湿っぽくはない。南×松本フィルターの向こうは「粋」となる。たぶん愚痴っても粋。孤独を自覚している主人公がこれから恋を始めてみようとするなんて素敵じゃないか。「ジョンとメリー」ちなみに映画は「ジョンとメリー」1969年制作 ダスティンホフマンとミアファロー。24時間の恋のストーリー。

 

くどいですけど「LAST PICTURE SHOW」の再現ライブ開催をお願いします。